受験情報のポータルサイト

返信先: 2023年洛北入試

#39
受験BANK
キーマスター

 私が永井荷風君を知つたのは卅七八年も以前のこと、私が廿二歳、永井君は十九歳の美青年であつた。永井君の家は麹町の一番町で以前は文部省の書記官だつた[#「書記官だつた」は底本では「書記官だった」]父君は當時、郵船會社の横濱支店長をして居て宏壯なものだつた。永井君は中二階のやうになつた離れの八疊を書齋に當てゝ、座る机もあつたが、卓机もあつて籐椅子が二脚、縁側の欄干に沿うて置かれてあつた。その籐椅子を私はどんなに懷かしがつたものか。訪問おとづれて往くと先づ籐椅子に腰を降して、對向つた永井と語るのは、世間へ出ようとお互に焦慮あせつて居る文學青年の文學談であつた。